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イグアスでは、ブラジル側のYHに泊まった。

宿の人も親切だったし、まあまあ。立地もそんな悪くない。

5分くらい歩いたところにあるバス停からボーダーも空港もイグアスの滝だって行ける。

ただ、長距離バスターミナルが離れているので、

近距離バスターミナルで降りて、また乗り換えないといけないのがめんどいけど。


さて。

ブラジル側のナイアガラの滝も見に行くことに。



ブラジル側はアルゼンチン側に比べて、整備されている。

エントランスもちょっとしたテーマパークに来たような感じ。

シャトルバスが出ているので、楽チン。

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同じ滝なのに、見え方が全然違う。

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散策出来るようになっていて、植物も昆虫も色々といて楽しい。

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悪魔の喉笛の手前にも遊歩道がかかっていて、

滝の真ん中まで行くことができる。

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それが、もうすごい水しぶき。。。予想外に濡れた。

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カメラここでも気をつけましょう。


悪魔の喉笛は、ブラジルは横からも上からも見ることができる。

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上に行くにはエレベーターで。

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よくアルゼンチン側の方がいい、っていう話は聞くけれど、

ブラジル側の方が私は好き。

悪魔の喉笛をすごい迫力で見れるから。

どっちもいいけどね。強いて言えば。


イグアスの滝大満足。

このあと、急いで宿に戻り荷物持って、空港へ。

今でもこのチケット取ったこと後悔してるよ(苦笑)

バス移動にすればよかったと。。

どうやら飛行機は大好きだけど、

飛行機を使わない旅の方が性に合っている気がする。。。


さて、後悔したってしょうがない。

乗った航空会社は、GOL航空。

まーまーでした。ドリンクサービスはあった。

向かった先は、リオデジャネイロ。

2回目です。まー着いたのは夜。また同じ宿に行こうと、REALバスに乗った。

そしたら、隣になったおじさんと、

私のつたないポルトガル語と相手のつたない英語で会話(笑)

いつも思うけど、ブラジル人は、こういう場合でもお構いなしにどんどんしゃべってくる。

窓から見えるリオの街をガイドしてくれたり。

それでも、なんか理解し合えてる気がするから不思議。

1ヶ月ぶりに戻る宿は、やっぱりいいところで、

ACE HOSTELだったかな。

スタッフがいい人です。マネージャーもいい人だった。

オススメです。

情報知りたい人はHPあるので、ググってね。

Botafogoにあります。


次の日、LAN航空で次の国へと向かうのでした。


あーブラジル終わり!

次の国、お楽しみに~。

(2010.10.20)
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弓場の生活を写真と共に。

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ジャブチカバといわれる実。
よーく見てください。幹に実が付くんです。見た目、気持ち悪い(笑)
けど、ジュースにしたらめちゃくちゃ美味しい。


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子豚たくさん。かわいい。
けど、食肉用です。。


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にんにくを大量収穫。


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私が植えた種が芽を出した♪


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彫刻家の方も住んでいたので、オブジェもたくさん。


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ロデオに連れてってくれた。


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釣りにも行った。

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ピラニア釣って、喜んでると、
ブラジルではピラニアを釣ったら、バカにされるらしい(笑)
ワニも鼻だけ出てるの見たし、アマゾンに行く必要なし(笑)


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野球チームもある。ブラジルに野球を広めたのは、日系人らしい。


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子犬たくさんいたけど、みんなもらわれて行っちゃった。かわいかったぁ。


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マカデミアナッツの実。
こうやってなるらしい。実は食べたら、甘いけど渋い。なんか不思議。


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ピロシキ作りのお手伝い。人数もたくさんだから作る量もたくさん。

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弓場のピロシキはみんな大好物。


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みんな集まって飲んだりする。


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俳句会の様子。


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Framboian(鳳凰木)ちょっと時期が早かった。満開になったらすごいらしい。


弓場のみなさん、ありがとう。

(2010.09.17-10.18)
弓場について、行く前にネットで調べてたけど、

農業?自給自足?バレエ?ユートピア?

どんなところかはっきりはわからなかった。

ちょっと緊張しながら、

サンパウロから夜行バスで9時間。ミランドポリスという町の郊外、第一アリアンサにある。

ミランドポリスからはローカルバスに乗り換えて、30分くらい。

そこに住む誰しもが、YUBAを知っている。

なので、思いっきり日本人バックパッカーの格好をしている私は、

一目瞭然で「この人はYUBAに行くんだ。」とわかってしまうので、

バスのおじさんもきっちりYUBAの前で降ろしてくれる(笑)


朝7時半に到着。


入口からどんどん進んでいくと、

なんか昭和の田舎の日本にタイムスリップしたような雰囲気。

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コジーニャと呼ばれる食堂にいる皆さんに挨拶。

「お腹空いてるでしょ、朝ごはんの残りあるから食べなさい。」と

白いご飯と残りのお雑煮を頂いた。

地球の裏側でお雑煮を食べれるなんて。。。幸せだ。

部屋に案内してもらい、「もうみんな畑行ってるから、ゆっくりしな。」と言われ。

が、なんとなく落ち着かない。

お邪魔させてもらってるのに、働かないでいるのがどーも。。。

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ガス台もあるし、かまども使う。


お茶碗洗ったり、拭いたりして手伝ったりした。

旅行者は多い時期には10名くらいいるときもあるらしいけど、

今の時期はちょうどいないらしく。私だけ。

同じように旅行で来て、中には気に入って住み着いていしまっている人も。

ここの人たちは、日本語喋るし、ぱっと見た目は、日本人。当たり前だけど。

だけど、性格はやっぱりブラジル人な部分もある。

Sim / Nao (aの上に波)がはっきりしてるし、ゆったり。

ここにいる子どもたちも、とても活き活きしている。

日本にいるときはそんな子どもと接する機会もなかったけど、いとこくらいか。

人見知りをしない。

懐っこいというか、やんちゃというか。表情が明るい。

仕事だって楽しみながらちゃんと手伝う。

ピンポンもとっても上手だし、絵もとっても上手。ピアノだって弾けるし、もちろんバレエもする。

何をやらせても、人並み以上。

すごい。

そして、もちろんバイリンガル。

なんだよ、この環境。


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リンタは子どもじゃないけど。(笑)

私がいる間は、特にこれといった行事ごともなく、普段の弓場を見ることが出来た。

ある種の社会主義みたいな感じなので、

弓場のお財布は一つ。

給料というのが存在しない。欲しいとき、もらうらしい。

けんかになるんじゃないかって思うけど、そういうことはないらしい。


毎年、クリスマスパーティが開かれ、地域の人も、中にはサンパウロからも、

弓場のバレエや演奏、お芝居を見にたくさんの人が集まる。

弓場には800人もの人が見ることの出来る舞台もあるのです。

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普段は、農作業をしたり、家事を普通にしているお父さんお母さんたちも、

手作りの立派な衣装に着替えて、華麗にダンスを踊ってしまう。

芝居でもテレビドラマにもCMにも出たことある人もいるらしい。

なんかものすごい集団なんです。



クリスマスのほかにも、餅つきとか、盆踊りとか、色々と行事ごとかあるらしい。

日本の文化もしっかりと受け継がれているんです。

ちゃんと杵と臼でつくんだって。今の時代、日本で餅つかない家たくさんあるのに。。。

100%もち米じゃない市販の餅を柔らかくて美味しい餅だと思って食べている人もいる多いはず。

情けないな、日本。

もっと古き良き時代も考えるべきなんじゃないかと思う。

地域のつながりもなくなって、子どもは携帯やテレビゲーム片手に二次元のコミュニケーションを取る。

ま、日本だけに言えたことじゃないかもしれないけどさ。


開拓当初の苦労を考えると何ともいえない。

私の先祖や他たくさんの開拓使が北海道の土地を切り開いたけれども、

(北海道は冬が大変だっただろうなぁ。)

言葉も気候も違う何にもない土地を切り開いて、住めるようにして、

ないものは売ってないから自分で作るしかなかった。

弓場は自給率が半端ない。

米、大豆、野菜、果物はもちろん、調味料も醤油も味噌もケチャップも。

牛豚鶏も飼ってるから、お肉も牛乳もチーズも。ジャムも豆腐も納豆も。

食以外、衣住も裁縫も出来る人がいるし、昔はもちろん家も建てていた。

家具だって作るし、ほうきだって作る。石鹸も作る。

陶芸家だっている。道具も自分たちで直してしまう。

すごい集団だ。

昔はこうやって暮らしているところもたくさんあったんだろうけどね。

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(2010.09.17-10.18)
ブラジルでは、行ってみたいところが4つあった。

リオ、サンパウロ、イグアスの滝、

そして、


弓場農場。


日本にいるときは、ここの存在は知らなかったんだけど、

NHKスペシャルやウルルンの取材が来たこともある、ちょっと有名なコミュニティです。

モロッコにいるとき、たまたま砂漠の町のバス停で一緒になった同じく世界一周中の日本人に、

「ブラジル行くなら弓場に行ったほうがいいよ!」と猛烈プッシュされた。


どういう場所かも全くわからなかったので、調べてみると、

弓場農場とは、

日系ブラジル人24世帯約50人の人たちが農作業をしながら、共同生活を送っているコミュニティ。

弓場の中ではみんな日本語を話す。もちろんポルトガル語はみんな話せる。

「耕し、祈り、芸術する」をモットーに、

普段は、昼は農業、夜はバレエや合唱、楽器等の練習をしています。

特に弓場バレエ団は、日本にも2度公演に来たことのあり、

天皇皇后両陛下がブラジルを訪問した際も、歓迎式典で公演したこともあるらしい。

何やらすごい。

僻地にあっても「開かれた弓場」は、旅行者も迎えてくれる場所なのです。

宿ではないので、ヤマ(みんな弓場のことをこう呼ぶ)以外の人たちも、

きちんと働くのが当たり前。(だと私は思う。)

たまに、ご飯と寝る場所をタダで提供してくれる場所、

と勘違いして来る常識知らずの人もいるらしいですが、

日本人として恥ずかしい。。。

自主性が求められます。

これから行こうと思ってる方、自分から率先してやりましょう。

お互い“人”なんだから。ね。



私は、ここに1週間の予定が、1ヶ月いた。

予想外に居心地が良くて、みんなに良くしてもらって。有り難いことだ。


朝6時、角笛の合図で起床。

朝食は、自家製パンと自家製ジャム、弓場で採れた牛乳、ご飯、味噌汁などなど、

美味しい料理をいっぱい食べて、7時からトラクターに乗って畑へ。

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私がいたときは、メインの仕事がオクラの収穫。レモンの木、ゴヤバ(ギャバ)の木の雑草取りなどなど。

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12時に昼食。

野菜中心の日本食からブラジル人の国民食フェイジョンが並ぶ。

汗流した後のご飯は美味しい。

午後からはオクラのパック詰めとか、畑仕事の続きとか。

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8時間労働こなして、6時過ぎ、角笛の合図で夕食。

また美味しい日本食がたくさん出る。

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野菜も採りたてだから美味しい。

ラーメン。全て手作りです。もちろん麺も!取り過ぎた(笑)

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その後は自由。

バレエの練習や、合唱があったり。

思い思いの時間を過ごす。

久々に湯船に浸かれた。やっぱりお風呂はいいね。

食堂でお酒飲んだり。

毎日規則正しい生活をした。

早起きして、働いて、ご飯を食べて、お風呂に浸かって、寝る。

こうやって書くと、日本でもやっていたことだけど、

一日の満足度が全然違う。なんだろうな。



広い大地と共に、たくましく生きる人たち。


こうやって弓場の毎日が過ぎていく。


(2010.09.17)
ラファエル君とお別れし、

向かった先は、サンパウロ!

着いたのがもう日が暮れていた。。。

別にサンパウロで特にこれがしたいっていうのはなかったんだけど、

聞いたことある街だし、とりあえず。てな感じ。

大荷物持って、夜歩くの嫌だったけど、仕方ない。

地下鉄乗って、向かった先は、東洋人街。

昔からある有名な日本人宿、



ペンション荒木。


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その隣の隣にもう一つ有名な宿(ナミ)あったけど、

なんとなく、手前にあった荒木へ。

本当になーんにも考えてなくて、とりあえず一泊するつもりで来た。

私以外、旅行者は一人もいない。。。

時期がっていうのもあるだろうけど、ね。

高いという以外は別に文句ありません。


が、結局2泊。

時差ぼけがまだ治りきってなかったのと、リオで観光しまくったので、

めっちゃ疲れてて。

荒木で知り合ったそこに住んでいる方にお世話になりました。

日本食のお店連れてってくれたり、

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Se(エリア名)まで連れてってくれたり。

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カテドラル

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なにかわからん。

途中、チャリ乗ってたら犬に追いかけられました。超怖い。。。

ブラジル人のおじさんが追っ払ってくれた。ありがとう。

みなさん、気をつけましょう(笑)



東洋人街は、もともとは日系人が発展させたエリア。

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が、最近は中国系の人たちに飲み込まれつつあるらしい。

どこでも一緒なんだな。


東洋人街を歩いていると、なんとなーく昔の日本にタイムスリップしたような気分になる。

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日本語をしゃべるお年寄りもいるし、

看板も日本語がたくさん。

お寺もあるし。

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スーパーに入ると、なんと!




10円ガム!!!


しかも、4個入り!!!!

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な、懐かしい。

今はどうだっけ?まだ20円ガム(6個入り)をキープしてるのかしら??

他にもたくさん日本の食材が売られていた。

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見てるだけでテンションが上がる(笑)

こんなにも日本の食材が売られている場所は、日本以外にサンパウロくらいなんじゃないだろうか。


他にも、日本語の本屋さんもあったし。

宿には日系新聞もあった。

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ラーメン屋さんにも行ってきた。

ここがサンパウロでは一番と言われているらしい。11BRL。×50です。

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作りも日本っぽい。食べてる人もぱっと見た目は日本人の人もいる。

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一人に声かけてみたら、日本語喋れなかった。

日系人でも、2世3世ましてや4世ともなれば、日本語を喋れない人が多いんだって。

親が教えないと使わないもんね。


サンパウロには、47都道府県の県人会があるらしい。

北海道人会に行ってみようかと思ったけど、東洋人街からは離れてるらしく諦めた。


移民資料館にも行く。

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あまり時間なくてざっとしか見れなかったけど、

日本にいたら日系人の知識なんて、微々たるものだったけど、

どんな思いでどういう生活をしていたかって、知れただけでも、

サンパウロに来た価値はあったな。


(2010.09.14-16)
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