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アンマンに着いた。

新しい場所に着いて一番最初にすること。


それは、宿探し。


当たり前ですが(笑)



ここアンマンでは泊まろうと思っていた宿がありました。


「コーダホテル」


知ってる人は知っている。有名なホテルです。

IMG_9237.jpg



私は、中東行こうと決めてから色々と調べて知ったんですが、


正式な名前は、マンスールホテルです。

地球の歩き方にまで、「マンスール(コーダ)ホテル」と書かれてあります。
(まさかこうやって書くとは。正直驚きました。)


何かというと、あの事件がきっかけなんですね。香田さん。

彼がイラクに行く前に最後に泊まった宿はクリフホテルといい、

今もコーダホテルの近くにあります。

では、なんで違うホテルに香田さんの名前が付いているのかというと・・・

当時、クリフホテルにはサーメルさんという日本人にとても良くしてくれ、親身に色々と教えてくれる、

中東近辺を旅する日本人バックパッカーの間では超有名な方がいました。

香田さんのイラク行きを反対し必死に止めたけれども、彼の熱意に仕方なくバスを手配したらしい。

そして、あの事件が起こったわけで。

サーメルさんが心を痛め、辛い重い事実と戦ったのは確かで。

自分を頼ってここに来てくれた彼。

イラク行きを止められなかったことを悔やんでも悔やみきれなかっただろう。

そして、彼はいつか自分のホテルを作ったらみんなが忘れないよう名前を入れようと決めたらしいのです。

マンスールは違う経営者で、どういう経緯でここをコーダと付けることができたのかはわかりませんが、

サーメルさんの意向が叶い、名前を入れれたわけです。


この事件については、賛否両論あるよね。

香田さんをバッシングする人、政府をバッシングする人、

実際に中東に来てみて、物理的に近い場所に来てみて、

初めてわかることもたくさんある。

バックパッカーをしてみて、「この目で見てみたい」、

そういう香田さんの気持ちがわからなくもない。

彼だって、普通のバックパッカーだったんだから。

ただ、命あっての旅。

誰が悪いと私は言わない。

けど、無事に帰ってきて、見たものを感じたものを

将来の糧に出来なかった彼を思うと、なんだかやり切れなくなる。

戦争なんて、くだらないや。

憎しみ合うのもわかるけどさ。欲に負けるのもわかるけどさ。

人間だし。

それを武力で抑え付けようとするのは、あまりに幼稚な気がする。



教科書、テレビ、本だけじゃわからないことってある。

実際にこうやって感じれただけでも、中東に来て良かったと思える。



あーまたきれい事書いたかな…。

でもそう思う。




ちなみに、サーメルさんは、日本人女性と結婚し、只今日本にいます。

サーメルさんの意思を継ぐ、ルアイさんがコーダホテルにいるはず?!

(私が行ったときはいました。今はいるかどうかわかりません。)

ルアイさん、いい人過ぎて申し訳なくなってしまう。。。

そんな方です。

ヨルダンはシリアとは打って変わって、いいイメージないんですが、

ルアイさんは頼れる優しい良い人でした。



ちなみに、アンマンでは観光とか特にしてません。笑

唯一、アンマン城に上の入口まで上っていき、あまり興味なく止め、

そこから見える巨大ナショナルフラッグの棒だけ見てきた。何で国旗掲揚してないんだ。。。

IMG_9450.jpg


丸焼きチキン買って、ルアイさん提案でおにぎり作って食べたり。

IMG_9246.jpg

たくさんの日本人に会えて、旅仲間出来て楽しかったな。

(2010.06.23&26)
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